5/16/2014

B級役者



さあ、お立ち会い
孫の代まで怨みます
国を守ると大ボラ吹いて
憎悪渦巻く大芝居
戦え戦う戦うぞ
死に急ぐのは若い者

重いものとはスマホにマウス
箸を持つのもやっとです
密林で買い物上手は
小さい虫見て騒々しい
戦え戦う戦うぞ
死に急ぐのは若い者

ウランがドッサリの隣国と
仲良くしては大儲け
冗談ですよ冗談だ
プルトニウムが余剰です
戦え戦う戦うぞ
死に急ぐのは若い者

死んでおいでと誰かが言った
いえ遥かな過去の小説だ
夢物語の幕は降り
真の享楽は時計の針の先
戦え戦う戦うぞ
死に急ぐのは若い者



(05/16/2014)







5/14/2014

餓鬼



ねぇ君
君が両手に抱えている銃は
どこで手に入れたの?
起きている時も
寝ている時も
写真に写っている時も
君はその銃を離さない
素晴らしい銃だね
弾丸は遠くまで跳ぶのかな?
手入れも行届いて
鈍く光ってるね
私の周りでは
君が持っているような銃を
見たことがない
まるで君のガールフレンド

そう私が君に話すと
君はいい気分になって
一丁の銃を私にくれると言った  
困ったな
誤解だよ
私は君の銃の性能や品質を褒めたんだ
決して君を褒めたのではない
私には少女たちに銃口を向ける銃は必要ない
それは人道に反する野蛮な行為だからね

君には自慢の可愛いガールフレンドが居るじゃないか
だから淋しくないだろう?
#BringBackOurGirls



(05/14/2014)

5/05/2014

落魄



一刻も早く
銅像を作りたまえ
君の祖父の分も一緒に

仲良く並べて
飾ってあげよう
国中で一番目立つ場所に

できれば
大きくて立派なほうがいい
壊す時に
大勢の人々が参加できるように


                                                (05/05/2014)

5/03/2014

嫉妬



男の嫉妬は
境界線を引いた海
女の嫉妬は
砂の中の二枚貝

争いで失うものは
光ではなく
いつも

                                

                                          (05/03/2014)






12/14/2013

粛清



一人目が死んだ
二人目も殺された
三人目からは数えない







12/03/2013

文字



貴方が拳を振り上げ
私が作ろうとしている言葉を
跡形もなく
悉く壊していった
悲しくも私は
貴方への言葉のパーツを
もう持ち合わせてはいない

貴方が困り
狼狽えても
哀しくも私の
貴方への「優」の字は
「人」と「憂」に割れたまま乾く

そして私は
夜の星とのお喋りに忙しく
時に流れ星が
地にぶつからないように
手を差し伸べる
星は拳を振り上げはしないから
私の「心」の文字が
彼の言葉を
受け止める






11/24/2013

「特定秘密保護法案」



「特定秘密保護法案」
こちらの法案は平成25年11月26日に衆院を通過予定だという。
立案者は何者だ。
いや、集団である可能性もあり得る。
一体、どこの動物園の猿であろうか。
そして猿への特定秘密保護法案原案及び修正案手数料は、何枚綴りの日帰り温泉入浴券であろうか。
推考するに野生の猿ではないであろう。
日々、飢えと闘うサバイバル精神を体現している野生の猿たちは、たかが温泉への入湯ぐらいで、容易く気持ちが揺れ動いたりはしない。
また、入浴後は更に空腹感を覚えるからして、朝夕食付きのせめて1泊2日の箱根、もしくは2泊3日の草津、贅沢を言えば往復飛行機を利用しての3泊4日の別府か登別でも、首を縦に振るか怪しいものだ。
チープでプアでシャビーな日帰り温泉入浴券ごときで釣られるとは、どこの動物園の猿であろうか。
動物園で産声をあげ動物園で看取られるといった、代々の血脈を受け継ぐ世襲猿に違いない。
が、入浴券1枚にしては責任が重すぎる。
なにせ日本国民の安全保障と民主性の根幹に関わる重要事項である。
2枚セットが常識として社会では暗黙の了解ではあるが、動物園の猿は甘やかされて飼育され価値観が歪曲しているであろうから、交渉という名の圧力を掛けて猿だけにゴリ押しで3枚にしてもらったという巷の説が妥当である。
1枚は自分用、他2枚は賛同に転じ協力した猿たちへの謝礼用に他ならない。
そもそも「何が秘密かは秘密」などという粗末で粗雑で稚拙な法律は、IQが高いであろう野生の猿が考案する領域ではあるまい。
食糧を探し求めて野山を駆け巡る野生の猿は、危険を伴う行動範囲が広域に渡り、自ずと知恵が蓄積され、IQが高くなることは至極当然のことであろう。
上記のことを加味しても「特定秘密保護法案」の立案者は温泉マニアの猿以外に該当する動物はいない。
また、猿は猿でも消去法を用いて、より一層のピンポイントに絞り込むとして、動物園の猿以外に考える余地は微細もない。
如何なる方法を駆使してでも、なんとしてもその猿が生息する動物園を探し出すべきだ。
園長を筆頭に飼育係に至るまでの人事を刷新し、猿の性根を叩き直さねばならぬ。
「特定秘密保護法案」が国会で通過し施行されてからでは、立案した猿の所在地は国家機密として扱われ、これから60年、いや、未来永劫に渡り情報開示されることはないであろう。
善良な市民が焦るのも無理はない。
その後に控える「集団的自衛権行使」という人命に関与する法案へと繋がる「特定秘密保護法案」は、日帰り温泉入浴券3枚綴りによって作成されたとあらば、記紀神話より悠久と流れる日本国の歴史に傷が付くことは免れない。
デモクラシーを差し置いて、入浴券3枚に目が眩むとは何たる失態であろう。
また、我が国の国民は、開国以来諸外国の外交筋によって、猿猿、と陰口を囁かれ、不本意である意識を口に出さずひた隠しにすることを美徳としてきたが、国益に作用する国家の秘密に関わる法案が、実は動物園の本物の猿の手によるものと漏洩したならば、これこそ関係国との信頼を構築する際に大きな壁が立ちはだかることは必至であり、国家間における痛ましい有事が起こってからでは後の祭りである。
反省だけなら、猿でもできる。

11242013




11/10/2013

寺済廣町北越川州武


           

扉が閉まっていると、開けて中を見たくなる心境に堕ちることは、至ってマトモな心理状態であろう。
 
「開かずの扉」
 
開けずにはいられない欲求と衝動と、それらを抑制する理性との鬩ぎ合い。どうしても開けて欲しい扉には「この扉開けるべからず」とヤレ紙に走り書きして張り紙することで、大勢の人々を扉の内側まで誘導出来るであろう。
浅草寺の観音菩薩像は、何百回何千回御参りしても、そのお姿を拝むことは出来ない。昔からの決め事である。観音様は簾で仕切られたいわゆる「開かずの間」に佇立なさっていらっしゃる。よって私たちは、開かずの間に引き寄せられるように雷門をくぐり抜け、人形焼が焼ける江戸の郷愁感に満ち溢れる香しい甘い空気を振り切って、せっせと足早に仲見世通りを直進するのである。
 
厨子という仏具を買った。高さ約12cm、観音開き扉の四角くて小さい木製の箱。簡素な作りではあるが、骨董好きであれば本物だと一目でわかる。家に帰ってから調べ、やっと厨子という名称を記憶の地の底から引っ張り出して思い出した代物である。仏さまを安置する入れ物。お仏壇も厨子だというから、どうやら大きさではなく内容によるらしい。
骨董店では厨子の扉が閉められていたから、初老の品のいい店の御主人に、これは何ですか、と些か不躾な疑問を投げ掛けてしまった。要するに、扉を開けてみたくて仕方ないのである。お店の御主人が何処ぞの堅物であれば、これは厨子です、で会話が途切れたであろうものの、流石年の功であろう、これはですね、と話しながら扉の縁にスッと指先が伸びる。
そーそー、それそれ。
さっきからうずうずしていたの。
尤も、店主はその質問を待ち構えていたのであろうが。ゴクリと固唾を呑みながら、封印が解かれる如く静かに見守りながら、店主の講釈に耳を傾ける。曰く、江戸時代のもので、宮大工が一点一点作り、寺院が檀家に配布したものだという。なるほど、どうりで長い年月を経ても、観音開きの扉の建て付けに一分の狂いなく、底板のかたつきもなく。扉の中には緋色の布で裏打ちしてある古びた一枚の木版刷りが、内壁の三面に沿うように二ヶ所に折り目を付け、コの字型に置かれている。厨子はこの一枚に合わせて作られたのである。朱肉の色も鮮明な、風格ある刻印も押してある。そして画面の正面奥に、どなたかがいらっしゃる。だが、小さ過ぎて肝心のそのお方が、釈迦なのか菩薩なのか分からない。手前にもそれぞれ一対の翼を背負うお二人。よく見ると最下部に、これまた小さい文字で「寺済廣町北越川州武」とある。「ぶしゅうかわごえきたまちこうざいじ」と読む。無論、江戸時代の横書きは右から左へ読む。列記とした仏具であり、ましてや中に仏さまがいらっしゃる。どなたか分からずとも、我が家へお連れしないわけにはゆかぬ。

 自宅へ戻り、うやうやしく厨子の扉を開ける。快感である、且つ爽快である。なんて心が弾むのであろう。
ルーペを用いて中を覗き込むと…「お不動さん」で信仰を集める「不動明王」ではないか!手前のお二人は、向かって右側は一般的な天狗、左側は鼻先が尖っている木の葉天狗であった。
こうなると「廣済寺」についての歴史や背景を調べたくなるのは、至ってマトモな心境である。ざっくりと調べたが説明すると長くなる故、長文を苦手とする私の気が滅入る。もしもご興味があるのであれば「川越 広済寺」で検索すると、色々とヒットするからお試しいただきたい。
武州とは武蔵の国即ち関東、埼玉県川越市の喜多町にある広済寺。宗派は禅宗の曹洞宗で、それは私が生まれた時の生まれた家の宗派である。大本山は福井県にある永平寺と横浜市にある総持寺。
後に両親が離婚して私は母に引き取られ、母の実家は神道で、当の私の信仰は宙ぶらりん。
しかし、幼少期に身内の祥月命日には僧侶が般若心経を誦している声を背後から聴き、両親や祖母に伴って事あるごとにお寺へ連れて行かれたことも手伝ってか曹洞宗には馴染みが深く、厨子から滲む落ち着いた佇まいは自然としっくりくる。直線で構成された形で、屋根にあたる部分は、一枚板に中心の頂から四方に緩やかな傾斜を設け、その傾斜の延長する流れが、内部に蟄居なさっている尊いお方を軒下から全体をやんわりと包み込みお守りしている感じが伝わってくる。色はやや赤みがかった焦げ茶で、150年、もしくはそれ以上の時に晒され、変色したものと思われる。
こうなると、この厨子に纏わる詳細な背景を知りたくなり、広済寺に電話をかけてみた。まだ若いお声のご住職が仰るには、考えられることは、本堂を建て替えた際に携わった方々へ、そのお礼として配布したというのが有力説ではあるが、江戸時代といえばそれ程裕福ではなかったであろうから、元々お寺で祀られていたが、本堂を建て替えた際に何らかの理由で流出したものである可能性もあり得る、と。また現在、不動明王を単独で祀ることはない、とも仰った。宗派によるものであろう。
ご住職は住職になられてからまだ日が浅く、昔のことについて先代がご健在であるからいずれにせよ尋ねて、私まで連絡して下さるとのことであった。実に有難いことである。

だがしかし、今、私に幾つかの問題が生じている。上記で、厨子を買った、と書いた。不動明王は、曹洞宗ではお釈迦さまが煩悩を焼き尽くしている内証の姿とされている。ましてや、仏さまである不動明王を「買った」とは言えない。よって、厨子を買った、としか言いようがないのである。
だがそうなると、厨子を購入したら不動明王が添付されていたことになりかねない。言うに及ばず、厨子の主は不動明王であるから、これもまた釈然としない。しかし、これも言うに及ばず、私が不動明王を我が家へお連れした最大の理由は、仏さまであろうお方がオークションにかけられ、流通経済の真っ只中に置かれていることに歯止めをかけたかったからであり、それを達成するにはそれなりの代価が必要であったのである。際たる矛盾。
また私は、あれが欲しい、これが欲しい、あなたが欲しいと煩悩まみれ。私とは煩悩が食べて寝て泣き笑い服を着て歩いているようなもので、この細やかな楽しみともいえる欲望という名の果実を焼き尽くされては、どことなく淋しい。
よって、厨子の扉を気軽に開けることが出来なくなってしまった。この畏怖は、仏教に対する信仰心の芽生えの顕れであろうか。

骨董店では、厨子の台座として黒い硯を裏返して展示され、硯をサービスで戴いた。さて、長話はこれぐらいにして、私も硯に似た黒のiPhoneを今回はそろそろ伏せることとしよう。それにしてもiPhoneは長文のタイピングが面倒で不向きで、やはりMacBook Airを購入するべきであろうか。
「不動明王」を唐から日本に伝えたのは「弘法は筆を選ばず」の弘法大師こと、空海である。




                                                  11102013

9/23/2013

るてんてんてん




るてんてんてん
るるてんてん

やれ転がれと紙切れ数え
やれ転がせと叩く土
るてんてんてん
るるてんてん

さて働けどあぶく銭
さて働けと集る蛇
るてんてんてん
るるてんてん

今日のお宿は谷の底
明日のお宿は地獄門
るてんてんてん
るるてんてん

さあこの先は金次第
さあ味方も踏み潰し
るてんてんてん
るるてんてん

流れ着いたは永田町
るてんてんてん
るるてんてん


                                            09232013

9/21/2013

中秋



斜陽差し込む休息の午後
鱗粉がぼんやりとした蝶が
パタパタと音を立てる
無作為に点を描き

グミの木の枝先は
花を実を付けてはいない
蝶は開いた空に背を向けて
探し物

月を見たか
星を見たか
人を見たか

蝶の姿を追う秋風が
夕刻へと
一筋流れてゆきました


                                      09212013


9/07/2013

2020 トーキョー オリンピック




「今年2020年は、東京オリンピック開催の年。うわーっ、楽しみだなあー。ワックワクだなあー。7年前の五輪招致活動を思い出すよなあー。あの時は安倍元首相が、アメリカの対シリア軍事介入問題に緊迫したG20を、たった一日でぶん投げて、ブエノスアイレス入りしたんだったっけ、確か。まあ、本来G20は経済についての世界的会合だから、アメリカやフランスの軍事介入のことなんてどーでもよかったんだね、安倍さんにとっては。きっと武力と経済を天秤にかけたら人道支援の力点がウザいって思ったんだよ。ボクじゃないよボクじゃないよまさか、安倍さんが、だよ。あくまでも推測にすぎないけどね。でもって五輪招致に向けての口説き文句が「7年後は安全、福島と東京は250キロも離れている」ってさ、凄いぜよ、未来の時間と地理的距離をごちゃ混ぜにしてさ。IOC委員も、よくこの口説き文句を信じたもんさ、みんな素直ないい人たちだったんだね。ボクはそーは思わなかったけど。だってあの時はまだフクイチ原子炉の冷却に追われていたし、汚染水は地下水から海へ、汚染水貯蔵タンクからは地面に漏れ出してたし、7年後のことなんて空の上の雲を摑むような話だと思ったけどね。250キロしか離れてないしね、250キロしかね。ボクの友達がアメリカで「ほんのすぐそこだ」って言われて距離を訊いたら、200マイル先だったことがあったんだって。大陸だからね。だからフクイチまではボクが乗ってるスポーツタイプの4WDの車で、東京からほんの2時間の距離さ。あ、この話は警察の交通課には内緒だよ。ボクはこれでも、周りには安全運転で通っているからね。原発と一緒にしないで欲しいよなあ。でもさ、2020年オリンピックが東京に決定した後が大変だったよねー。フクイチの汚染水はどんどん海に流れ出して、太平洋で獲れる魚介類は、食卓から消えちゃった。そのあとアトランティックサーモンまでね。ショックだったなー、ボク、サーモンのムニエルは好物だったから。食べ物の恨みは恐ろしいって、みんなは何で恨んでるんだろ。それから忘れもしない、あんなことさえなけりゃねぇ...ま、でも、よくオリンピックの開催まで漕ぎ着けたと思うよ、あんなことがあった後にさ。猪瀬元都知事が随分と違う意味で頑張っちゃったからね。東京オリンピック開催が決まった次の年だったかな。南海トラフ地震があって、東京の沿岸部はぜーんぶ津波に襲われて持っていかれちゃったでしょ。更地になったからオリンピック用の施設の建設は割とスムーズだったしね。計画の変更で神宮外苑は手付かずで守られたしさ。なんたって地震の影響によりフクイチの原子炉が突然爆発しちゃったから、漏れ出している汚染水の心配も一緒に吹き飛んじゃったよねー。もっと凄いことに爆発により地球の軌道に変化が起きたしさ。安倍さんや猪瀬さんは、よほど幸運に恵まれた人たちだったんだね。ボクは彼らにあやかりたいほどさ。あー楽しみだなあー。そーそー、新国立競技場は冷房完備だけど、いつも屋内の最高温度をマイナス20度に保てるってもっぱらの噂だよ。これで選手も暑さでバテることがなくていいよね。東京の夏は、そりゃあ暑かったからね。熱中症なんて今じゃ誰も、えっ、放射能が心配じゃないのかって、何言ってるの。7年前の安倍政権が、政府が安全だって言ったから安全に決まってるじゃないか。政府が国民や、グローバル化した世界にいい加減なことを断言するわけがないだろーに、世界を相手にだよ、だって世界だよ、オリンピックだよね。楽しみだなー、ボクが楽しみにしている競技はなんてったってフルマラソン。都市の街並みが風情があっていいよねー。氷河期のマイナス30度でのマラソンはオリンピック史上初だからさ、これは保守派も大喜びの歴史に残る一大イベントだよねー。汚染水も海もカッチカチに凍っちゃったから、もうこれで漏れ出すこともなくて安心さ。問題は経済効果に影響を及ぼす観光客が来てくれるかなってことだよね。だってオリンピック選手は、日本人だけだからねぇ...。」





9/04/2013

信仰



宇宙のことを考へる時
星の数に圧倒される
距離感に途方に暮れる

地球は宇宙の宝石
或ひは芥

出会つたことは奇跡
或ひは事故

宇宙の中
或ひは宇宙の向こう側に
きっと神はゐる
或ひは
私たち一人ひとりの
からだの中に



                                       0904203

8/12/2013



いつも何処かへ行こうと
駅の待合室に居る
いつまでも居る
行きたい場所が
わからない
決まらない
決めてもなお
いつまでも居る

行きたい場所を
探している駅の居心地は
好いとは言えないが
家に居るより
まだマシだ

できれば
政治も経済も社会も
切り離して
この世も
切り離して
子どもさえ居なければ

駅の待合室に
待ちくたびれて
子どもが眠る
子どもの絹の頬を撫でながら
私は子どもに
生かされている


                                        08/12/2013






7/30/2013

夏休み



東京はしとしとと降る雨
ふたつ並んだ窓の
ひとつの窓のカーテンを閉めきって
薄暗い室内
やっとひとりの時間
何日ぶりかは
憶えていない
それほど
ひとりの時間が無かった

そろそろ雨が上がってきたのか
外では
雀たちの讒訴が騒がしい
こんな日は
蝉の声も
南部鉄で拵えた風鈴の間合いも無いから
掛け時計と共に
一秒ごとに前へ進むほか
取り立てて何も無く

7200秒の夏休み


                                         07/29/2013



7/21/2013

教育




祖母は
女は勉強しなくていいと言われ
隠れて
トイレの中で本を読んだ
そして
親が決めた見ず知らずの人と結婚した

母は
高校へ行きたくて
嘘に嘘を重ね
里子となった
そして
背の高いサラリーマンと結婚した

祖父の死水を摂ったのは祖母
離婚したのは母
どちらがどちら
空へ尋ねても
海へ訊いても

私は
縛られた紙切れが付けた
額の傷痕を
指先でなぞる
苦い言葉を探しているのだ

                                     
                                          07/21/2013


蘇生




何百年も冷くなっていた
ミケランジェロは生き返った
鑿を振りかざす
木槌が
太陽系に鳴り響く
彼が掘り出しているものは
平和
多祥を残そうとして
愁腸の刃物の角は汗をかく

彫刻家は
腐乱臭に塗れた地球から
嘘を削り捨てた
残ったものは
武器と骸骨と
昨日は自分の腕を食べ
今日は自分の脛に噛り付いている子ども
それでもなお
木槌は太陽系に鳴り響く

                                       
                                        07/21/2013


6/08/2013

黄泉の国




ゴンドラに乗って
生まれた瞬間から
惜陰を削り
黄泉の国まで

到着の位置を知りたくば
眠る魚を叩き起こせ
川底を覗き込んで
ゴンドラは横転するだろう
誰が愚業をと
疑うのであれば
試しに魚を叩き起こして
訊くがよい
ゴンドラに乗って




June 08 2013






5/19/2013

政治家Hの政治生命を賭けた遊説




「有権者のみなさん、『男らしい』とか『男の中の男』とか、あれは僕のことです。男は男としてのプライドがありますから、今言ったみたいな言葉に、直ぐに反応するんです。『男のプライド』を持って生きることは、僕のライフワークそのものなんです。男は強さで男の質が決まるのではありませんか。そしてその強さとは、何に対してでも絶対であります。強く、もっと強くは男のプライドを維持する必修条件です。先日もアメリカ人フェミニストのおばはんがキーキー喋り捲るから、うるさいって殴ってやりました。亜、僕の前々職の法律関係者としての経験から、素手で殴って怪我でもして訴えられると面倒ですから、手袋で殴りましたよ。女なんて所詮、男の道具なんです。道具が僕に逆らうなんて言語道断であります。そして数日前の真夏のような暑さの日、アイスクリームだなと某コンビニに駆け込みましたら、僕の好きなソフトクリームタイプのアイスが丁度ひとつ残ってましてね、ああよかったと手を伸ばそうとした時、小学校低学年ぐらいの坊主が先にアイスを握りしめたんです。僕はここぞとばかりに『男の強さ』をその坊主に見せつけてやろうと、坊主の手からアイスを奪い取ってやりました。勝つか負けるか、強さを測る二極論を、体験を通じてその子供に教えました。学校教育は男のプライドを叩き込む素晴らしい行政機関でありますが、いまお話ししましたように、『男の強さ』を教えるには、日頃のあらゆる場面を活用し得ることを実践したのであります。またある時は、彼女の部屋に遊びに行った時のことですが、彼女が家族だと言いきるオス猫が、僕に牙をむいて近づいてきたものですから、その猫をコンクリートの壁めがけて投げつけてやったんです。猫は軽い脳震盪でふらつき鼻血流しまして、彼女は只々黙って小刻みに震えながら涙ぐんでいました。疑う余地もなく、彼女は僕の強さに感動したのです。そしてある時は、僕が道を歩いていると一匹の蟻が僕の前をのうのうと横切って行くではありませんか。蟻の分際で僕の前を横切るとはなんたる無礼者、と僕はその蟻を踏み潰してやりました。男は強さで、攻撃力で男の質が決まります。僕は強い。有権者のみなさん、僕の『男のプライド』を掛けた時期参院選では、僕が共同代表を務める我が党の立候補者に、みなさんの清き一票を.........」





このお話はフィクションです。実在する人物とは一切関係ありません。たとえ特定の政治家がイメージされたとしても。



5/12/2013

東横線渋谷駅迄




午後2時に慌てて家を出たのだった。誰かと待ち合わせていたわけではないが、娘との外出は、どう予定を組んだとしても時間が押してしまう。
家を出た瞬間に嫌な予感が沸き起こったが、午前中のどこまでも抜ける青空を灰色が占領し始めていたからだろうと、手袋を忘れたことにささやかな後悔を残しながら、建国記念の日の閑散として静まり返った住宅街を、足早に駅へと向かった。
途中、あちこちの庭先で寒椿の花が紅くじっと寒さに耐え、温室育ちの嫁入りしたての鉢植えの紫や黄のバンジーは、うな垂れて何事かと不安に怯えている。コートの袖口や襟元から容赦なく入り込む冷たい風に、逃げ場を失ってしまう。歩きながら、さほど暖かくもないがしっとりとした手触りの革の手袋を忘れたことを薄っすらと半分考えながら、あとの半分を娘との他愛ない会話でやり過ごし、私だけが近道と称する小洒落た今風の戸建てが並ぶ路地裏をくねくねと曲がって、踏切近くの緩い下り坂を下がりきった角に、通る度に観察している桜の大樹の道を覆う勢いで張り出した、まだまだ無愛想な表面が乾いた枝々を恨めしく仰いだ。踏切の、カン、カン、カン、カン、と鳴る警報音を全身に浴びながら育った桜である。
池上線から旗の台で大井町線、自由が丘で東横線に電車を乗り換えて、渋谷まで1時間弱。いつもであればiPhoneに目が釘付けになるところを車内の暖かさに任せ、ぼんやりと過ごす。が、ただぼんやりと車窓を眺めるには、休日の車内はこの時間帯にしては若干混み合っていた。私の悪癖がむずむずと疼く。車窓などのんびり眺めていられるものか。
のったりと走る三両編成の長閑な池上線。車内では向かい側の席に就学前の子供が二人。察するところ姉は幼稚園、弟は二、三歳ぐらいであろうか。母親はドアと座席との角で小型のベビーカーを押さえながら流れる景色に見入っている。ベビーカーに使い込んだキルティングの大きなマザーズバックと丸く膨らんだ複数のレジ袋が両側に掛けてあり、幾つもの肉のパックや菜ものや調味料の瓶が透けて見える。ベビーカーがいつ転倒するかと危なっかしい様子を凝視していると、母親は結婚前からそうしているような手つきでバランスを保っていた。母親の薄茶色のショートコートはよれていて、膝下までの茶色いブーツは合成皮革製の粗雑な作りであった。こちらに背を向け、くすんだ肌色の微かながらに右頬の曲線をこちらへ向け、面はドアの硝子と頑なに平行線を引く。姉は髪をポニーテールに結び、数本のピンで後れ毛を留めようとしていたが、既にバサバサと乱れている。弟は汚れた靴を履いた儘膝を曲げて席に座っている。二人ともぐにゃぐにゃと体を捻じって一時も静止しないから、三人用に仕切ってある座席で、姉弟だけで自由に退屈そうにしていた。駅が二つも過ぎた頃、徐に姉は斜め掛けのバッグからファストフード店のキッズバリューに付いてくるネコキャラクターのおもちゃの袋を取り出し、ママ開けていい?と尋ねた。母親は無視する。姉はまた同じように、ママ開けていい?と高い声を大きくしたが、またも母親は無視。後にこれが2度続き、3度目で眉間に軽く皺を寄せ鬱陶しい面持ちでチラと横を向き、棒読みの、自分で開けて、の答えが返った。姉は自分でビニール袋を開けようと小さな手を左右に引くが開く気配がない。ママ開けて、と3回ほど催促し、終いにはおもちゃの袋を持った腕を斜めに真っ直ぐ上げる。漸く母親は無言で弟の頭上を横切る形で渋々と手を伸ばし、袋を開けると無言で子供に渡した。ぶつぶつと独り言を話す弟の声は、電車が発するガタゴトの雑音に掻き消され、明瞭な語句を聞き取ることが出来ない。十数分の間に母親が子供達に眼差しを向けたのは、その2回限りである。他の乗客は見て見ぬふりをせざるを得ない。
車内には、特有の機械と足元から上るヒーターの熱い匂いが混ざり合い立ち込めていた。
乗り換えの旗の台駅大井町線プラットフォームにて、再び冷気に晒される。長い時間をかけて極めてシンプルに改装された駅構内は、例え夏でも寒々しく無機質な喪失感を平等に、且つ、公平に振り撒いている。私たちという大量生産の商品が、電車というベルトコンベアに乗せられるのを只管に待機している図でもある。もしこのプラットフォームで今生の別が有り得るならば、如何なる境遇にあろうとも、決して後世に美談として残り得ないだろうとまで至った寒さである。尤もあと50年も経てば、この駅構内も時代遅れだと批評を受けたり、齟齬を来たして逆にレトロだと親しまれたりするのであろう。
そのようなことを考えながら、電車の四角い前面が、徐々にこちらに迫ってくるのを見つめていた。
硬い表情の乗客に身を混ぜ、飛び込むかの如く電車に乗り込む。ほんわかと暖かい車内は、先ほどの池上線よりもやや空いていた。ほぼ座席が埋まっている状態だが、静まり返っている。単独行動の人々は無言。兎角人の心持とは実に勝手であり、機嫌の好い時はまるで御通夜の静寂の中に数十年ぶりの邂逅を求め、機嫌の悪い時には隣は何をする人ぞと、よしんば知人に遭遇したとしても、所作をあくまで自然に務めることに注意を払いながら、帽子の鍔を深く手前に眉の下まで引くのである。私が帽子の鍔を引かなかったことは、幸いであった。
私たちは旗の台駅の連絡通路にて軽い口論となり、娘には今すぐ家に引き返したくなければ暫くおとなしくして黙っていろ、と告げてあり、よって私の不安が軽減されていたのだった。兎角子供は、特に娘は口が軽い。思った瞬時に口から言葉が出る。発しようとする言葉を呑み込んで堪えることや、一呼吸置いて思慮深く話すことを知らぬ。そしてそれは、公私の場所を選ばず。
ふと周りを見渡すと、乗客は女性が半数以上を占める。皆さん思い思いの過ごし方を心得ていて、電車に乗り慣れていらっしゃる。スマホ、読書、居眠り。が、これから遊行にしては、様子がおかしい。バイトやパートへの出勤途中、あるいは帰宅途中ではあるまいか。祝日出勤は慣例化され、ましてや土日出勤可能であることを雇用条件に掲げる事業所は少なくない。いよいよ以て、娘が口を開かぬことは幸いであった。
自由が丘駅で長い上りエスカレーターから流れるように、東横線の特急電車に乗り継ぐ。車両の隅に対面式の座席が一つあり、シート背もたれと後頭部の上部が2つ並んだ向こう側に丁度並んで2人分が空席であり、迷わず娘と着席した。迷うべきだった。混み合う車内で、優先席でもない座席が空いている理由を求めるに、着席から1秒も要しない。半径1メートル四方に気まずい空気が漂う。
車内の乗客は横浜方面からの比較的若い年齢層と家族連れが入り混じる。あちこちで弾んだ声が聞こえ、渋谷方面に確かな未来図を描いているのである。
いま正に私の真向かいの窓側に座る若い女性は、背筋を伸ばし、これから訪れる彼女自身の未来に期待を寄せている。茶色に染めた肩まで辛うじて届くシャギーの髪、ナチュラルメイク、着こなしきれていないカジュアル系の服。彼女の部屋のクロゼットを開けたとしたら、ベージュ系とパステルカラーであろう。隣に座る若い男性は彼女へもたれ掛かり、深い眠りについていた。短めの髪、ブルーのシャツの襟元を、紺色のコンサバティブなショートコートから覗かせ、買ったばかりの素材が硬そうなジーンズ、黒い靴。長身の彼は、狭い車内での長い足の置き所にやや困惑を隠せずに眠るサラリーマン風、いや、どこから見てもサラリーマンである。
今更に席を立つわけにもいかぬ。席を立てば、更にその空気を乱すであろう。仕方なく、逆方向に流れる車窓の景色を眺めることにして、乗り物酔いを覚悟した。が、それでは本当に酔ってしまうから、景色の途中で広告を挟むかの如く彼女の顔をチラと見る。
彼女の口元は微笑み、窓から前方に向けられる大きな黒い瞳には、怖いほどの自信が満ち溢れている。終点渋谷駅までほんの数分ではあるが、何度見ても彼女の顔付きが変わることは無かった。
そして私は幻影を見た。
彼の左腕に絡んでいる、太くて長い頑丈な鎖。彼女の横に眠るは、俎上の魚か。
到着したプラットフォームでは、夥しい人波に呑まれ、鉄道マニアによるカメラや携帯のシャッター音を聴きながら、娘と逸れてしまわぬように改札口へと向かった。
折しもその日はバレンタインデーが迫る休日。渋谷駅周辺の特設チョコレート売り場では、女性たちの腕が、ジャラジャラと鳴り響いていた。
思えばこれが私にとっての「地上での最期の東急東横線渋谷駅」だった。現在の渋谷駅は地下5階に潜り、東京メトロ副都心線と繋がる。


May.11.2013








5/05/2013

言論




負としての
言論の自由が
積み重なって
寄り集まって
固めて固めて
いつしか
言論の銃になり
実体に化した銃は
銃を持つに相応しい
持ち主を探し出す

言論は
部屋から街角に
飛び出し
生身に銃口を向ける

言論の自由は
時として
積み重なって
寄り集まって
固めて固めて
いつしか
虹になることを
銃の持ち主は
知る由もない
針の雨に打たれたことが無いから




May.05.2013