4/29/2013

主権




アングラ劇団員が這いつくばる
蜜蝋が塗り込められた床の上
噎せ返る甘い匂いは
誰のモノ

委ねなさいとはお可哀想に
キュッキュッ
衣擦れの音に
無粋で卑屈になった蚕が
梁に凭れてケラケラ笑う

ライトは消しますよ
霜が張り付いた体温計
中の水銀を固めて
闇を呑み込んで
息を呑む
次のステージの幕は
開いてしまった

蜜蝋が塗り込められた床の上
噎せ返る甘い匂いは
誰のモノ





Apr.29.2013

4/25/2013

有限会社 雲丹白




「コホン、えー皆様、え本日はお忙しい中、このように多数の方々にお越し頂きまして心より感謝申し上げます。また、平素よりの御愛顧につきまして、重ねて厚く御礼申し上げます。えさて、弊社は兼ねてより『反ブラック企業』の目標を掲げ、日夜邁進致してまいりました。この度、皆様のお引き立てにより、念願の支店を開店する運びとなり、何度も同じ事を繰り返して長々とお話しいたしますが、一言ご挨拶させていただきたく存じます。
え皆様ご存知の通り、創業以来、弊社の経営理念は『厚利少売』にございます。こちらもご存知の通りの初代社長、丼上(どんのうえ)まきまきが弊社を創業する以前に薄利多売営業の企業に就職し、『月400時間勤務のサービス残業ってそれなあに症状』が発症いたしましたことに端を発しております。巻いて巻いて巻きつくしても終わりなき仕事量に、丼上はとことん泣かされました。休日は英会話教室にて教師に終電に間に合わない深夜まで食い下がった、と縦100センチメートル横75センチメートル厚さ10センチメートルの社史本に痛々しく記し、後世にまで伝えられております。表紙には某前衛芸術家による肉筆作品を用い、そのたった一冊の社史本の凝りようから、丼上の創業前の屈辱感を鮮烈に窺い知ることができます。そのような経緯から弊社ではまず、企業の行く末を担う従業員の健康管理、及び労働環境に細心の注意を払っております。まかり間違って従業員が労働組合を立ち上げたり、うつ病にでもなって民事訴訟などを起こされては、弊社のイメージダウン、果ては製品のイメージダウンに繋がりかねません。なにより、お客様に直に接するスタッフの顔面が蒼白で、目の下に隈を作っているのであれば、お客様の何処に購買意欲が湧くことでありましょう。従業員あっての企業ありき、これは丼上の確固たる信念に基づく経営理念に他なりません。つきましては、弊社では商品の最低販売価格を1000万円からと設定し、最高販売価格は雲の上、国内の有力者、要人を顧客ターゲットに展開してまいった次第でございます。従業員の残業は一切認めず、仮に残業を行った従業員には、一回につき1ペナルティとして記録に残し、10ペナルティで翌月給与の5%減額措置を執り行う社則が設けられております。とはいえ商品が高価であるがゆえ、一日いっこの商品が販売できれば、会社経営として十分に成り立つ売上を達成でき、お客様もご多忙の方々が多く予約制をご利用され、接客はほんの30分、一日の労働時間の残り7時間30分は、言わば時間潰しの自由時間にございます。初代社長の丼上は、この自由時間にせっせと社史を書き上げました。最近の社内では「仕事が趣味」という無趣味の味気ない中堅社員が、ツイッターやフェイスブックなどに、『つらいツライ辛い』とボヤいておるようですが、あれはもっと仕事量を増やして欲しい、といった要望だと弊社では捉えております。やはり趣味とは、その人物に厚みや奥行きを齎す隠し味のようなものですから、勤務時間中にいかにして趣味に没頭出来るかに焦点を当てて、弊社としての今後の社員教育についての、取り組むべき課題と言えましょう。えー話は代わりますが、次に給与についてお話ししたく存じます。弊社では会長以下取締役、役員、新卒の新入社員に至るまで、年収3000万円の報酬額一律制を導入いたしております。これは世の女性たちの「結婚するなら年収3000万円以上の人がいい」というリサーチに基づく設定でありまして、ですから、弊社男性社員に婚活といった余計な苦労はさせたくない、という丼上の世才による計らいがこの数字を弾き出したのでございます。女性社員につきましても勿論同額を支給し、エステにヘアサロン通い、ブランド品を身に纏う彼女たちをそれとなくチラ見するだけで、男性社員の労働意欲も向上し得る職場環境を整えております。尤も、女性社員の集客力は男性社員に劣らず、我が社を牽引する中枢となりつつありますが。また、早々に男女分け隔てなく「育児休暇3年」を導入し、その3年間においては給与の80%を保証することと規定いたしました。そして、職場復帰につきましては、育児休暇を取る以前のポジションにて復帰してもらいます。子どもを3人もうけることで9年間の育児休暇が確保でき、且つ、生活水準もある程度維持できると、最近では大手商社やメガバンクからの転職者も後を絶ちません。有能な人材が放っておいても集まりますから、弊社の辞書には「社内競争に勝ち抜く」や「人材を振るいにかける」という言葉は存在いたしません。有難いことに、離職率は言うまでもなく0%です。近年では何処で中小企業の弊社の噂を聞きつけたのか、海外からの就職希望者も多く、現在70カ国のスタッフが、日々、暇を持て余しております。それに伴い海外の有力者、要人が、表向きは外交や出張と称して日本に赴き、弊社本店に訪問して下さる機会が増加いたしました。従来の企業であれば、海外に支店を開店するところではありますが、世界中からお客様がお越し下さいますので、その必要もなく、弊社は国内にての本店の1店舗だけで、黒字計上続きの決算を更新中にございます。しかしながら、国と国の利権上、お互いにお顔を合わせては気まずいお客様方々もいらっしゃるようで、手狭となり、この度支店を開店することと相成りました。初代社長丼上が残しました社訓、「悪どい奴ほどふっかけて、搾り取れるだけ搾り取れ」を礎にいたしました本店同様に、支店も御愛顧いただきたくお願い申し上げます。それでは以上を持ちまして簡単ではございますが、私のご挨拶とさせていただきます。では、ご質問のある方は、はい、そちらの寝癖ついた方どうぞ......はい......はい......はい......弊社の商品とは何か、というご質問ですね?なるほど、鋭いご質問です。地位、名声、有り余る財などを手に入れた方は、それらの代償として失うものも多ございます。私どもは、その失ったものを取り戻すお手伝いをさせていただいております。商品は『夢』『道徳』『博愛』の三本の矢、今年イチ押し新発売の高額商品『血』と『涙』、そして『情』と、各種取り揃えてございます...」



Apr.25.2013


4/21/2013

面影




未明から降っていた雨が上がった
雨が降ると
天竺浪人も
帰る家を思い出す

濡れた躑躅咲き乱れる丘に
郷愁を掴み取る
付き纏う面影

こうして居る間にも
道標を残しては
暮春の冷たい雨の香りを
臆病な二豎(にじゅ)に差し出そう
早く出てお行き
何も手に付かない午後



(Apr.21.2013)



4/14/2013

【Apr/14/2012)】色物による返礼





若葉が香り立つ新鮮な言葉だった。
「GDPの伸び率以上にどこまでも需要を伸ばし続けられる経済などありえない」(朝日新聞4月11日朝刊19面「ジャン・ピサニフェリー教授のコラム@パリ大学」より抜粋)
全くもって、そうだ。ありえない。需要を伸ばし続けるには、GDPの伸び率を上げなければならない。解りきった話である。
しかし、新鮮に映ったのは、「デフレ脱却」がイカレタ録音機材かと思うほどエンドレスリピートに拡声し、「GDPを伸ばし維持しよう」と、お坊っちゃま政治家が明確に発言しないからである。
お父さんが毎晩新橋のガード下に足蹴もなく通い、千鳥足をSLの前で披露するには、お父さんの毎月のおこずかいの額を上げなければならない。
それじゃ華がないからつまらないと、革張りソファに「座って10万円」の銀座高級クラブへ通い続けるには、接待であと一押しの契約まで漕ぎ着けることができる新規顧客を開拓し続けなければならない。
需要を維持するということは、そういうことである。が、お坊っちゃま政治家は、おこずかいの額を上げてと奥様に嘆願する必要性もなければ、選挙で当選までに至る固定票を集めていれば、わざわざ労力と時間を消費して、新規支持者集めに日々翻弄する必要性もないのであろうか。

「飯にしてくんな」
「ないよ」
「ない?」
「お米がないんだよ」
「なきゃ買ってくればいいじゃねーか」
「御足がないんだよ」
「御足がない...そうか、じゃ寝るか」
これはかつての庶民の愛すべきお気楽加減だ。ある落語の一節である。
江戸時代には、家族をほったらかして勤労意欲に燃える男のことを「甲斐性なし」と呼んだそうである。恐らく女たちが言い出したことであろう。せっかく夫婦になっても家に居ない、会わないのであるから「夫婦になった甲斐がない」のだ。
が、江戸時代の気楽な庶民労働力では、GDPの伸び率は上がらない。調べていないのでなんとも推測に過ぎないが、主食であるお米の需要が減少傾向に陥ったとしても、理にかなう流れであろう。
さて、前置きが長くなった。
今日はあくびが出るほど退屈な、自分語りに徹しよう。
私自身、この頃において退屈な日々を送っている。退屈している人が書くわけであるから、退屈な話は避けられない。
福島第一原発事故による汚染水漏洩も、北朝鮮による武力行使をほのめかす恫喝も、「改憲」を謳う自民党と維新の会の雑音も、どれもこれも退屈である。これらの出来事は激昂に比することであり、そして且つ激昂しているけれども、我が心は退屈である。というよりも寧ろ、ここ数年前から今日に至るまで、これ程までの刺激を受け続けることにより、何が起こっても驚かなくなっている感覚の鈍りが、「退屈」を創出している。
不謹慎であることは承知の上である。私の憤りも遂には上限を越え、迷走段階に入ったと言えよう。
憤りを緩和させるストレス発散方法は、「ショッピング」。私のようないい大人の女は、お財布の中が空になるまで、買って買って買いまくってこそ、社会貢献だと言い訳しながら逸り気を俄かに消化する。ストレスを、趣味と実益を兼ねた愉悦に替える有益なチャンスである。大人の女は高くつく。
ところが、肝心の物欲が無い。ストレスを感じなくなっているのか、末期の重症である。いますぐストレッチャーの上に横になって、救急搬送されたい。酸素マスクと点滴で処置されたい。赤信号のハチ公前スクランブル交差点を、時速120キロでビュンビュン走行していただきたい。中井貴一似の救命士が私の顔を覗き込み中井貴一似の滑舌で「もう大丈夫ですよ」、と優しく語りかけてもらいたい。
「私たちの国の民主主義」たるいい加減な政策に辟易しているのだ。民意が待てど暮らせど政府まで届かない。私と思いを同じにしている方も多かろう。ヘラヘラとしたせせら笑いが、意識するとも無く口元を襲う。やはり重症だ。もはや知らぬ間に私の中に悟り菌が入り込み、発症に至ったのか。抗生剤だ抗生剤だ、早く早く。いや、私の物欲は強固でしたたかであるから、悟り菌への免疫力がある、はずである。第一、このようなことを言うと、何処かの御前様に叱られる。が、需要に寄与できぬもどかしさ。社会人のひとりとして、忸怩たる思いが募る。どうにかして是が非でも、治療せねばならぬ。
「紅茶キノコ」を飲むべきか...。
いいえ、ダメよ、あんな得体の知れないものを飲んじゃ。それにあれは「キノコもどきを浸した紅茶」であって、名前だけを聞くと「キノコ」が主。本来は紅茶を飲むのだから「キノコ紅茶」でなくちゃネ。「午後の紅茶」であり、「紅茶の午後」は飲みたくても飲めないぞ。ああ、誰か私にAEDうぉおおぉおぉおぉぉぉ...。

今月に入り非正規雇用の仕事に就いた。私のGDPの伸び率が、チョッピリ上がったというわけさ。
が、末期症状のあくびをしている間に、ついうっかり重大なミスを犯した。予約し忘れていたのだ。だから私の病が治らないのだ。問い合わせの回答は「次回の日時は未定」だという。だが、今度こそと次回の予約を入れた。
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という村上春樹氏の処方箋を。
あれ?しっかり物欲あるじゃん...。




4/07/2013

【Apr/07/2014】遊牧民の柴笛が聴こえる




どう‐とく【道徳】

①人のふみ行うべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間の在るべき態度もこれに含まれる。夏目漱石、断片「―は習慣だ。強者の都合よきものが―の形にあらはれる」 →道徳性。
②老子の説いた恬淡てんたん虚無の学。もっぱら道と徳とを説くからいう。
③小・中学校における指導の一領域。 →道徳教育。
(上記 広辞苑電子版より引用)


冒頭から「道徳」という堅苦しいお題を掲げてみる。
一般的に「道徳」とは①を指すであろうか。
「ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体であり、法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理でもあり、今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間の在るべき態度もこれに含まれる」のである。ああ、解りやすい、のか。
「ある社会で」の「ある社会」とは「ある社会」であるから、「どの社会」にも当てはまる。
それを大前提に仮定すると、「ある社会」における「ある道徳」が如何なる社会、狭義を超えれば、如何なる時代にも「道徳」は存在し得る。
そして、「その成員」の「そのある社会」に対する、あるいは「ある社会の成員相互間の行為のある社会においての善悪を判断する基準」として、「ある社会の一般に承認されている規範」の「ある社会の総体」である。
よって、「ある社会」にとって善悪を判断する基準において最良の「道徳観」や「道徳心」が「ある社会」においての一般として培われることになる。
ここでいう「ある社会」は多数に存在し得るからこそ「ある社会」として仮定される。
このことを踏まえると、「幾多のある社会」においての「幾多の道徳」が存在してしまうのだ。
漱石の「道徳は習慣だ。強者の都合よきものが道徳の形にあらはれる」を引用したのは非常に妥当だと感じ入るものがある。
「ある社会」の「善悪を判断する基準」が違えば、「道徳」の根本が覆されてしまう。
そして道徳は「習慣」になっている個人の内面的な原理なのである。個人の内面的原理に至る習慣になるまでの道徳を形成するまでには、ある程度の過程が必要であり、その過程の道筋を教示するのが強者であるならば、強者の変化や交代により「道徳」も変化しなければ、話の辻褄が合うまい。強者とは、社会的強者、すなわち権力を持つ者であろう。
もう少し噛み砕いて話そう。私は小学校の歴史(日本史)の授業で、「斬り捨て御免」を習うと同時に、道徳の授業で「命の尊さ」について習った。この矛盾は、私たちの国に於ける「ある社会」が変化したからである。現代にて「斬り捨て御免」を行えば、それこそ国際社会からの非難が集中する的となろう。
が、小学校の歴史の授業では、「斬り捨て御免は命の尊さに反した由々しき怪しからぬ行為だ」と、道徳と抱き合わせで教えないのである。これも矛盾しているが、その教え方が「強者の都合のよきもの」であるならば合点がいく。

道徳、モラルと言った方が響くのかもしれない。そのモラルの乱れは強弱があるとしても、今に始まったことではない。犯罪は後を絶つことがなく、モラルの度を越した崩壊をあえて好む(この表現が適切だとは思わないが)、あるいは集団心理で流れる人々が、いつの時代にもいた事は認めなくてはならないが、だからといって、それは仕方のないことだと片付けることではない。
ここ数年を振り返っても、「虐待」「いじめ」「差別」。
少々強引な考え方ではあるが、「ある社会に於いてのモラルという習慣の促進手段が、強者に都合よく構成され流布される」のであれば、「モラルという習慣は、強者に都合よく崩壊される」ことも可能である。大概の場合、創ることが可能であれば壊すことも可能であるからだ。しかも壊すことの方が、容易い。そしてとりわけ強者にとって都合の悪いモラルは、モラルではなく障壁に等しい。
この頃のモラル崩壊に関する事件や事例を以て察するに、戦後から平成に至って当然とされてきたモラルのあり方が、異状に移りつつあるように感じざるを得ない。
「子どもを救おう」というプラカードを掲げた脱原発デモが誹謗中傷される一方で、「朝鮮人を殺せ」というプラカードを掲げたデモを擁護するような動きが同時期に起きていることを、もしも傍目に見れば、実に滑稽であろう。
私はこの個人の内面的原理が、強者にとって都合のよいモラル破壊に利用されはしないか、と危惧している。
社会的強者の、口ごもり尾を引く永田町戯曲を聴くより、私たちが住む国のモラルが、どこを軸にしようとしているのかを、社会が法律と照らし合わせて提示しているのでなかろうか。私たちの国の道徳心が揺らいでいることは明白である。また、「改憲」を謳う自民党とって、現在の日本国憲法の障壁とは何か。障壁を取り払ったその後に、用意されているものは何か。もとより強者は景仰に値する人物なのかを、100日過ぎた今、これらを照査して見極める時期に入ったと言えよう。
「個人の内面的な原理」は「人のふみ行う道」を踏み外すことではない。それこそが道徳であり、社会的強者の道徳観が、社会に形となって露呈されるのであろう。
また、経済成長に水をさすようで恐縮するが、道徳観が揺らぎ治安の悪い国、道徳観が共有できぬ国への海外からの投資は維持できないことも、これもまた歴史という過去のデータにより確信的であるのだ。

ああ、「道徳」とはなんと解りづらいことよ。と、嵐が去った澄みきった日曜日の青に、一個人の想念を重ねる。













3/30/2013

真っ当な金銭感覚による立ち話




「あら、奥様、その左手に光る指輪、もしかしてダイヤじゃなくて?」
「まっ、奥様も目敏いでございますわ。ええ、宅の主人が20年前にわたくしに買ってくれた200万円のてふぁにいなんでございますのよざます、ほっほっほっ」
「やっぱり奥様はお目が高くていらっしゃって、さすがでございますわ、ほっほっほっ」
「あら?...奥様の口元の左手に光るその指輪...」
「あ、これはほんの安物ざます。ほっほっほっほっ。40年以上前のたかがほんの500万円のかるちえざますわ。宅の主人が株で儲けて衝動買いしたざますざますわ、ほーほっほっ」
「まあすごい!衝動買いとは。やはり奥様はやることが大胆でらして」
「いえいえ夜はもっと、あ、いえ、ところで奥様、今日の八百屋さんの広告ご覧になられましたざます?」
「いいえ、まだざますけれど」
「今日はなんと大根が税込み一本10万円ざますのよ!」
「まあ!なんて安いざますわ!わたくし昨日10万飛んで1円で買ったばかりざますわざます、悔しいざますわ!」
「ホントに毎日の節約倹約生活も、年金支給年齢が80歳からになったからざます。それに20年前のアベノミクスから続くインフレで、物価は当時より1000倍に跳ね上がったざますざます。消費税も20%に。なのに年金支給額は10年前から据え置きざますわねぇ...」
「ホントにねぇ、気が滅入りますわねぇ...。あ、奥様、たまには気晴らしにランチでもご一緒にいかがざます?隣町の駅前にフレンチの新しいお店ができたざます。ホテル上がりのオーナーシェフが腕を振るうって、評判ざますわよ♪」
「そうざますわねっ、美味しいものでもいただいて、明るい気分になるざますざますわっ、あ、でも...」
「奥様、ご心配には及びませんざますわ。なあーに、デザート付きでたかがほんの500万円ざます」
「まあ!お安いざますわ!宅の主人の定年退職金の、ほんの10分の1ざますわねっ!」


Mar/30/2013





3/27/2013

【Mar/27/2013】


桜咲き、サクラチル



春を迎える心構えとして、坂口安吾の「桜の森の満開の下」を読む。(http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42618.html 青空文庫)
観桜にはそれぞれの快楽があろうが、坂口安吾はこともあろうに冒頭から宴会を真っ向から否定する。
そして「人間がいない桜の木の下は、怖い」と語り始める。
今年は春の訪れが早く、東京では桜の花が満開との知らせを受けた。「景気が上向き」という。お花見を楽しむ人々で賑わいを見せる様子が各地から届く。
が、宴会も悪くはないが、できれば桜はひっそりと眺めていたい。安吾に同調していうのであれば、あの「怖さ」がいい。裏返すと、「怖くない桜」は二流三流の桜である。どこまでの怖さを堪能できるかで、桜の花の真価が問われると断言してもいい。この「怖さ」については、ツイッターで拡散され@マーク付きの野次が束になって飛んで来ようが、引かない、曲げない、怯まない。
よくよく考えてみよう。
私たちの国では、桜を特別扱いにしてはいませんか。
春の枝に花を滲ませる樹木は、桜だけではあるまい。梅、沈丁花、木蓮、こぶし、ハナミズキ、ミモザなど。椿はひと冬の間、あれほどまでに献身的に花を絶やさず咲かしても、私たちの桜の花に対する思い入れの半分にも満たないであろう。職場であれば、なによっ桜ちゃんばっかり、と同僚に陰口を囁かれ、学校であればモンスターペアレントが、うちの沈丁花ちゃんが地味で目立たないから桜ちゃんを贔屓目に見て、とお叱りの雪崩に埋もれるであろう。長い歴史を繙いてみても、ご先祖様から末裔まで、桜一色に染まる危ない橋を凝りもせず、幾つも渡り続けているのだ。
それでも私たちは桜の開花をひたすらに待ちわびる習慣が染み付いている。開花すればするで狂騒に明け暮れる。これはもうDNAに組み込まれていると言ってもいい。サルからホモサピエンスに進化した際、私たちの脳内に桜を過剰に感知する機能が、知らぬ間にどこかに潜んだのか。一体これを、どのように解釈すれば好いのであろう。
満開の桜の木の下で頭上を仰ぎ見、枝枝が折り重なり花々の天蓋に空を阻まれた時、ここが何処なのか、何時なのか、異空間に圧倒されては叫びながら走りだしたくなる時がある。背筋がゾクゾクと寒くなる。その環境が一人であれば、尚のことだ。重要文化財指定の建物の中で偶然にも貸切り状態に置かれた場面や、廃墟を見学した際にも同じような感覚に襲われる。美術館や画廊にて、張り詰めた意識を発する作品を鑑賞しても背筋が寒くなる。そしてその感覚には何故か中毒性があり、その感覚を得るには一瞬の時間を切り取らなければならない。美意識の限界を感じながら、常軌を逸する境界線の内側に足を踏み留めるのである。「華美なるものに対して畏怖の念を抱く」のだ。
が、これだけは言える。「畏怖の念を抱くものが美しい」と解釈することは、大いなる誤解も甚だしいことである。









3/16/2013

不健康オタクは胃が弱い




「今日の夕食は数ヶ月ぶりかで牛丼を作ったのだよ、あはは。何故に牛丼かと言うと、レパートリーの中で牛丼はあさってのことを考えながらでも作れるんだネ。そして牛肉がお買い得品だったからなんだな。輸入牛肉なんだな。まずい。あはは、腕じゃない、肉である。
もし肉饂飩を作るとして、黒毛和牛の霜降り肉を惜しげも無くどっさり使うと、みんな饂飩に足向けて眠れなくなるぞ。てか饂飩が居る方角はどっちだ?
いつだったか年号も忘れちゃった昔、アメリカが我が国に牛肉とオレンジを買え買えと詰め寄ったことがあったのネ。そんときゃ、あたしゃ牛肉大好き乙女でネ、いまでも乙女だけど。日本製の自動車がアメリカで売れに売れて、日本はあーしたどーしたとかゆーのが2位で、1位に追い付くんじゃないかって、だからアメリカ産の農産物を買わせて1位を守ろうとしたらしいの。あーなんてノスタルジアな、は・な・し。瞳がうるうるしちゃう...。
ところで、『TPP』ってなんなの?『参加表明』したって、さっき朝日デジタルに書いてあったわ。いい大人は新聞ぐらいは読まなきゃネ。
安倍さんの記者会見とは真逆の、噂だと「国民皆保険」が危うくなるかもなんて。前にも話したけれど、保険に加入できない人がいるようになっちゃ、我が国はおしまいよ。だって、IQ178の少年が病気になっても治療を受けられない、なんてことになったら、果ては我が国の多大なる損失となるでしょうに。未来のノーベル賞候補が、ばたばたと倒れても放置されてしまうとだな。人道的にも治療と手厚い看護を施すのが筋ではあるが、IQに関わらず、乳幼児青少年から高齢者まで男女ゲイ問わず、治療と手厚い看護は不可欠なんだな。どないしょー。
そのように考えると健康維持には食生活に留意して過ごさなくては...。政府は、私たち国民の食の安全を守ることができるのかしら。イエス キリストがそうしたように、全国民のお腹を満たすことができるのかしら。
安倍さんが某国女王の小姑が言ったように『お米が無ければ自動車を食べたらいいじゃないか』と言わないことを祈ります。」






3/09/2013

【Mar/09/2012】





解せぬ


「もうすぐ2年を迎える」と、私もみなさんも、きっと考えることは一緒。

今日は「電力」について。
私は電気や原子力の専門家ではありませんし、経済学もさっぱり。政治なんて遥か彼方の雲の上。
アンケート用紙の職業欄では、求職中ですけれど「主婦」にマルをつけるでしょう私が、どうしても腑に落ちないことがあります。
それは「原発」のこと。
結論から述べますと、「原発はいらない」。
ところが昨年末に安倍政権に交代してから、どうにもこうにも雲行きが怪しい。
原発を推進して、電力を湧水みたいに提供したいのだとか。
そりゃあね、電力や井戸が枯れると生活に支障がありますし、ましてや手でお洗濯するなんてもってのほか。
それに「ひび」「あかぎれ」は、もうすでに死語で、娘に話してもわかりません。

私たちの国の人口は、この調子で進むと、確実に減少します。Googleで「日本人 平均出生率」で検索しますと、ざっと見てこの数年は1.39人。
もしも将来、この「1.39人」で生まれた約半数の女性が全員「子供を産まないわ」と言い出したら、大変なことに。
日本人は絶滅危惧種に指定される...それはまさかのまさか。
未来で必要とする総電力量は、現在と同量なのかしら。
だって人口は減少するのですよ。
10人家族の世帯の電力使用量と、一人暮らしの世帯の電力使用量は同量ではありませんし。
そりゃあ、一人暮らしは10人家族の10分の1というように、電力使用量は人数で測れる数字ではありませんけれど、それでも平均して同量ではあるまいに。
家庭に限らず、企業など事業所、公共施設、交通機関など、多岐に渡ってコンパクト化する(あくまでも人口減少社会を前提にして)のです。
技術開発だって、現在よりも「省エネ」の機械が登場しても何ら不思議ではないのですから、またそれは、家庭にとっても企業にとっても、とにかく社会全体にとっても喜ばれる方向性です。
未来の人々が、薄型テレビを放り投げて、家具調テレビに殺到するとは思えません。その前に、電器店に、家具調テレビがありません。そして家具調テレビが「省エネタイプ」かもしれなくとも、私たちの国の総電力使用量について、電力不足などの喫緊の問題点はありません。
工場の電力確保は深刻な問題ですけれど、「事業主」とは昔から転ばぬ先の杖を確保してこそ「事業主」であり、電力いっぱい送ってくれないかなあ、と指をくわえて眺めている事業主は、国中探したってどこにもいません。
それなりの対処法を模索することでしょう。
それでこそ事業主。
それなのに、
なぜにそんなに必要以上の電力を作らなければならないのでしょうか。
なぜに「原発」なのでしょうか。
発電方法も原発に頼る以外に、再生可能エネルギーや、最近ではシェールガスによる火力発電の道も開けてきたというのに。
我が国の人口は、これから急激に減少するのですよ。
なんとも解せぬ、ああ解せぬ。
原発推進事業に携わる人々の雇用の問題はありますが、それ以外の私を含む雇用を求める人々の雇用問題は、どうでもいいということでしょうか。
また、社会の雇用問題は、原発事故の以前より現在に至るまで、継続しています。
それよりも、東北の除染はおろか復興は何処吹く風。
福島第一原発事故の確たる収束も未だ不透明。
それらを尻目に、使用済み核燃料は増え続けるのです。
やはり解せない。
使用済み核燃料は300年もの間、冷やすのですって。
私たちは、その冷えきった使用済み核燃料の最期を、見届けることもできません。
あ、やっとわかったわ!
安倍さんは責任感がお強いので、不老不死の薬を手に入れて、使用済み核燃料の安全を確認するおつもりなのね!
だから300年後に、面倒な手洗いの洗濯はもってのほかだ、という思惑に違いありませんっ。
なんてったって、政治家はクリーンであることが命、ですから。









2/24/2013

【Feb/23/2012】





早々と今夜はお布団の中に入っています。もうこの状態では、神経質も立ちどころもなく追いやられ、磊落の一途へ。リラックスリラックス。
では折角ですから政治のお話に絡めて、外交問題へと発展させましょう。
安倍首相がアメリカを訪問し、オバマ大統領と会談しました。TPP参加に意欲的なことを伝え、日米同盟強化を確認し合いました。
防衛だとかエネルギーだとか、尾ひれもくっ付いて、お二人で笑顔での握手の写真が掲載されていました。
これでアメリカが望む自由貿易に近づいたってこってす、はい。
私は西洋かぶれにございますから、もしかするとアメリカ製の商品で、特に工業製品を購入時に価格、性能が同等であれば迷ってしまうかもしれません。あら?少し先走ったお話でしたかしら?
聖域とかいう細かいことは、後で決めるのですって。でもアメリカの言い分に日本が逆らうことなんて出来ないでしょうから(中略)、これは揺るぎないのでしょう。
日本は、アメリカからの農業品の輸入に関税をかける聖域を交渉したいのでしょう。だって、このことでJAを丸め込んで当選しましたからね...。安倍首相のFacebook内では、安倍さんご本人が、白い長靴を履いた農業従事者に方に深々と、それこそ腰を90度に曲げて、頭を下げているお写真がトップにドーンとアップされております。その割には、与党として当選した(当時)鳩山さんとご自分が与党として当選した際の週刊誌の表紙の画像を、わざわざご丁寧に並べてご立腹。そのエネルギーを違うところに使っても(略)。プライドが高いのか低いのか、解りませんネ。
それはさておき、これで原発は推進、沖縄は米軍基地のたらい回しが続行、北朝鮮へ制裁強化は致し方ないとしても、緊張関係は続投で、しかも核ミサイル問題なんてヒヤッとするリアル感がございますし、中国との関係も然り、ここはアメリカと穏当にコトを進めたいのでしょう。安倍首相の祖父にあたる岸元首相が掲げた、対等な「日米新時代」を完了させたいのですネ。
あ、でもちょっと待って。
そもそもTPPに参加するとかしないとか、原発を推進するとかしないとか、防衛強化するとかしないとか、これらの事ってアメリカにお伺いをたてたり、アメリカの顔色を窺ったりしないで、先ずは国内で解決策として結論付けられる案件じゃないのですか?対等な関係と離れるばかりですよネ?
安倍首相は蜜月期間中とはいえ、ハネムーンでは、うっわぁー♩こんな一面もあったのねっ♩など、新鮮な発見や躍動感ある驚きがあるものですけれど、これじゃ、同棲10年、周りに急かされてやっと籍だけ入れましたって感覚。とりあえずの新婚旅行にアメリカへ旅立ったのですが、日本で待ってる嫁の親戚があれこれとお土産を期待して待ってるから、でもお荷物になっちゃうし、これもとりあえず通販カタログを持ち帰り、帰国後に、これなんかいいんじゃない?ってカタログの写真指差して勧めるフリして予算内に誘導しちゃえ、てなてな。
こういう人と結婚しちゃった時の対応策としては、先ずはガッチリ稼いでいただいて、預貯金のバランスを見てある程度我慢の限界に達したら、性格の不一致による精神的苦痛とか一般的なことを理由に慰謝料を請求して別れちゃいましょう。嫁の身内を大切に思わない人とは、やっていけません。
だから安倍さん、しっかり稼ぐように陰ながら応援しています。
もっとも、安倍さんのルックスも性格も、端っから好みじゃないけれど。









2/03/2013

【Feb/02/2013】鬼は赤鬼がいいって思うの






明日は節分だから、節分用の福豆と柊を買いに出掛けなくちゃ。
こういう儀式的なことが、年々儀式として色濃くなっていくことに、はてなはてな。
無理やりに続けている気がして。
それに、年の数だけのお豆を食べてなどいられますか。
いえいえ、すぐに食べ終えちゃいます。
恵方巻きもネ、無言で最後まで丸かじりだなんて、そんなぁ。
ハッキリ言って、誰にも見られたくないシーンですよネ。
両手で恵方巻きを持ち、笑いを堪えるのに精一杯。
お寿司屋さんの陰謀かしら?
このような季節の儀式を開発したの、だ あ れ?








1/18/2013

青い放課後




「俺もさあ、大阪市の生徒みたいに自殺しよっかなーってさ」
「マジ⁈マジ⁈マジ⁈なにその軽い感じで、なにお前、お前も部活で顧問に殴られたりすんの?それ重いなあー重いよ、あー重いって」
「なに?じゃお前、部活で顧問に殴られたりしないのかよ」
「...い、いやだからさ、俺が言ってるのはさ、いや俺も殴られるよ、殴られっぱなしじゃん?だからさ遺書なんて書いて顧問に送りつけよーかなってさ」
「...お前さ、漢字書けないじゃん。2学期の国語の期末12点だったじゃん。四字熟語の解答欄に『美人白米』って書いたじゃん。意味は『あきたこまち』って書いたじゃん、で美人は男のことで小町は女のことじゃん...」
「...あ、あれはさ、問題をひとつ飛ばしちゃったからでさ、お前だって『竜頭蛇尾』の意味を『石の付く人』って俺だからわかるようなもんでさ、国語の先生さ女だし寝る前に毎晩万葉集読む独身の先生だよ今年43だよ、あれだよ石の付く人は玉木宏の真横に並ぶとだな、ダヴィンチ真っ青の遠近法になる顔の大きさが成立するってことだろ?意味はさ画法がセザンヌ風じゃないってことだろ?」
「当たり」
「やっぱそーじゃん!それにお前の世界史のテストだって11点だったから俺の方が上ってことだよな」
「え?...ったくお前わかってねーなー、よく聞けよ、いいか、なまじ歴史なんてものにのめり込んだらさ、権力欲しくなるじゃん?部活の顧問教諭なんて目じゃねーよ、俺がさこの俺がだよ、もし国家を牛耳ることにでもなったらさ、お前どーする?カッケーなんてもんじゃないじゃん?」
「...お前が立候補すんの?ヤバくね?動物愛護団体から動物をむやみに労働させるなって抗議されるってわかってんの?てかお前社会のことわかってんの?こないだだって俺にタカとハトがいるのになんでニワトリがいないんだって訊いてたじゃん」
「...そ、それはさあー、ニワトリは3歩歩いたら忘れるからかなあって、青少年の素朴な疑問てやつよby Eテレ、クククッ」
「...公約直ぐ忘れるじゃん」
「お前、シカトしてんじゃねーよ、間髪を容れずツッコミ入れてくれないとさー」
「ずーっと昔っから俺らが生まれる前から政治家って直ぐ忘れるから政治家でいられるじゃん...あ...おいお前って結構頭いいじゃん、なんだろうこの遠い雲を眺めたくなる嫉妬心」
「いやもういいからさー、俺のボケをシカトするなって。まあ俺だって弟の小学生新聞読んでるからさ少しはさ、総ルビ打ってるからお前でも読めるんじゃね?俺の弟、頭いいんだよ、で顔から性格から全部じーちゃん似なんだって、俺は隣んちのおじさん似だってかーちゃんが言ってた。それがマジ当たっててさ、さすが俺のかーちゃんだけあって洞察力に長けてんだよ」
「いや俺もさ、今だから打ち明けるけどお前んちのじーちゃんとお前の弟、親子みたいに瓜二つじゃんてさ、てかお前のかーちゃんてなんかすっげーなってさ、てかお前と話してて思ったんだけど、俺たち知性に溢れてね?」
「だよなだよなだよな、お前もそー思う?」
「思う...」
「じゃあさじゃあさもうさ、今日の部活ばっくれるってことにしてさ」
「うん」
「なんなら全部員で退部届け出しちゃうっていうことにしてさ」
「うん」
「体罰反対運動起こして全国行脚に出るって、これは知性の...知性の...この続きはお前言えよ」
「厭だよ、お前とずっと一緒に行脚なんて、それより暴力を含む体罰やめてもらうよう部員集めて顧問に話してみないか?それでも続くようならサッカー部と野球部は体罰がないって聞いたからさ、そのことも話してさ」
「うわっ、それお前にしては最初で最後のいいアイディア、なんか尊敬しちゃうじゃん」
「あーお前の歯が浮いた音聞こえた、てかお前からスポーツ取ったらなあーんにもなあーんにも残らないじゃん?俺はさイケメンだし人気者だしジャニーズ系バリのルックスだから芸能人になろうと思えばさ」
「美人白米」
「うっせー、それより俺見ちゃったんだ、お前の国語辞典さ1423ページの次のページ、1507ページじゃん。なにあれ?あ、ま、まさかお前...美味いの..か?」
「頼む!動物愛護団体にだけは内緒にしといてくれ!ははっ」
「ばあーか、あははっ」





1/11/2013

【Jan/11/2013】




不整のリズムで反射する板硝子の陽光が、眼底に飛び込む。
事務所の一室で、デスクを挟んで正面に立つは、痩せ型で七三分けの年の頃なら40過ぎの白っぽいYシャツを着た草食系の男の人。耳を塞ぎたくなるほどの彼の連続した力強い口調により、意識は次第に聴覚を拒絶し始めていた。彼がしっかりと握り締め両手で盆のように持つは、額縁のような、長方形のチョコレート色の木枠の中に板硝子を嵌め込んだ物体。眩しくて、額縁なのか、その正体に確信は持てなかった。
硝子は手作りの板硝子。反射光は歪な面の上ををゆらゆらと躊躇う。
それは、今年の初夢だった。


手作りの板硝子を通しての窓の外の景色は、虚構の世界。
景色全体の線が僅かに歪曲しては、事実が遠退いて見える。
それは、不動に美しい。

時々、色も疑う。
草木の青さや降り積もる雪の白さや紅い唇を。
世塵に紛れての如才無い色あいが、いずれ流れ落ちてしまうのではないかと疑う。
ゆっくりと来て、雨男。

夢が夢で終わるから夢で
現実が現実の中で現実として終わり。
始まりの現実は夢の続き。
冬の東京の透ける青空が、ザラっと錆び付いてしまわぬうちに。




1/01/2013

【Jan/01/2013】



明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

早速ですが、年頭におきまして今年の抱負を。

「上品であれ」

今年こそは羽目を外さぬよう、心して過ごしたく存じます。

この一年が、皆様にとって幸多き年になりますように。

平成二十五年 元旦




12/28/2012

【Dec/28/2012】音読する力






もうお気付きかと思いますが私は既に別の道を歩み始めていますところなのでかと言って私の日常にこれといった変化はこれからも期待していませんし少しの期待があってもすり抜けて行く程度ですし何が言いたいかと申しますともうね時間がどんどん進んじゃってるってことで室内で過ごすのがホントに好きで止められませんからまあこうゆう時こそと籠りに籠って静かに静かに暮らしておりましたがここにきてピンと閃くものがございましてこれは楽しそうだと結論づいた結果からこれからのまあ大袈裟に言うと目標と言いますか目的はともかく目標がありますと人から見ればなあーんだそんなことかという目標でも有ると無いでは本人にとっては大違いであるからしての目標を見つけてしまった次第なのでございますがその目標を達成すべくにあたっての計画に来年は身も心も捧げる勢いは白々と夜が明ける予感の到来とも言うべく着実に手応えを感じそしてまたそれはーーー私の個人的なことはまどうでもいっかなという。


今年最後のブログとなります。
2012、このような私にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。

I Love You ,I Love You,I Love You.
Marilyn R









12/27/2012

【Dec/27/2012】のし餅の角





お正月用の四角いお餅。大きな一枚のお餅。「のし餅」と呼びます。お若い方では、恐らくご存知ない方もいらっしゃるかも知れません。四角いお餅は「サトウの切り餅」。それも有りでしょう。また逆に、お餅つきを楽しむ方もいらっしゃることでしょう。
年末になると、予め注文しておいた「のし餅」が配達されました。もう随分と前の出来事になりました。
今でも近くの和菓子店では、注文でお餅を作ってくれます。のし餅であろうと鏡餅であろうと縁起物の紅白餅であろうと。しかし残業なことに、今年も我が家は「サトウの切り餅」。のし餅では、量が多くて食べきれないのです。お餅は冷凍保存できますが、やはり味が落ちます。
何のことはない糯米一升分のお餅を大きく長方形にのしたお餅。
配達時は、包丁を入れるにはお餅はまだぷにゅぷにゅと柔らかく、1日ぐらい落ち着かせてから。一個のサイズを、縦横の長さをきっちりと寸分狂わずに切る作業にしたくても、やはりすこーし狂います。切り口の角を直角に切ろうとしても、タイミングが早ければ柔らかくて角が曖昧になったり、遅ければ固まって包丁が入りづらい。この作業は年に一度きり。ですから、思うように上達しません。
その作業が始まると、いよいよ年末はラストスパート。鏡餅も一緒に届きます。

お餅が手軽に年中いただけるようになり、それはそれで、いつでもお汁粉やいそべ餅が身近にあることに、不満はひとつもないのですけれど。けれども。








12/24/2012

【Dec/24/2012】



http://m.youtube.com/watch?v=2kfQdolw0DA





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・*.. .:*・゜゚・*Merry Christmas**:.*・゜゚・*: . :*・ ・*:.。. .。.:*・☆゜゚・*。..。.:*・・*:.。. .。.:*・☆ ☆ ☆ ☆






12/14/2012

或る福島六郎さん(仮名)の話【朝ぼらけ新聞12月14日付】



投票日も2日後と迫り、師走の街頭にて道行く有権者に衆院選について話を聞いた。
『選挙カーが入れ替わり立ち替わりこの付近を通るんだ。枯れかけたうぐいす嬢の声が、何やら喫緊の出来事を知らせるかの如くね。晴天の昼下がり、アレをやられるとねぇ。
今回の選挙はね、争点がバラバラなんだよ。だってね、原発、雇用、TPP、増税、憲法改正、核、社会保障、経済成長、赤字国債、米中韓など国際問題、沖縄米軍基地移設問題など細かく挙げるとキリがない。最近じゃ人権に触れることまで。あれにはかなりピキッと神経を逆なでられたよ。文体からしてお粗末な草案だと言われてるけど、確かにそうなんだけど、「本性見たり」の感が否めないなあ。権力者が権力を思うがままに振るおうとする時、何が邪魔って国民の「基本的人権」が、何よりも邪魔だからね。もし草案が通っちゃったら、政府にとって不利益な言動を行った人は、つかまっちゃうことになるかもね。ああ怖い。なんだか軍国主義の大日本帝国みたいだなあ。その頃僕はまだ生まれてないけどさ。で、「自由と権利には責任と義務が」とかなんとか書かれてあったけれど、「責任と義務」が一括りなんだって。法律はランチセットじゃないよーっだ、てね。そうそう、ランチセットのウサギの餌みたいな形だけのサラダ、どうにか改善してくれないかなあ。いつも、こんなまずいサラダは要らないって思うんだよね。賛同してくれる「脱サラダ」の仲間を集めて日比谷公園一帯にシュプレヒコールの渦を撒き散らそうかな?海外メディアなんかを一斉に招待するの。これは僕らにとって重要事項だし、日本中の国民が各地でデモに参加してさ、そのうちデモに明け暮れて、だあーれも働かなくなっちゃうの。え?大丈夫だよ。我が国では、国民は集会と表現の自由が法律で保障されてるんだ。それも平等にね。
それでね、僕は六人兄弟なんだけど、上から4番目までのお兄さんたちは事故で大怪我しちゃったの。僕は末っ子で、あの事故の時は現場から少し離れていたから、なんとか助かったんだ。今はクリスマスバケーション中なんだよ。あ、よく話し方なんかや中身が幼稚だって言われるけど、これでも33歳の独身さ。あはは。働いてる会社の会長や社長とかの真似してたら、こんなふうになっちゃったの。あはは。やっぱり上司に合わせないと、社内で生き残れないこともあるでしょ?でしょ?月給取りのつらいところだよね、うん。それにしても、いつまでバケーションなのか、本社から聞かされてないんだよ。だからいっそ転職したいと思ってるんだけど。バケーションと言っても自宅待機でね、暇で暇でしょうがないの。
それでね、今日僕が話したかったことはね、誰に、どこの政党に投票しようか決めかねてるってことなんだよ。僕は普段は無口で通ってるけど、内に秘めたる思いは、核爆弾なんて比べ物にならないぐらい熱いものがあるんだなあ。でもこれは、僕ら兄弟のDNAに組み込まれているから仕方がないの。だから僕を怒らせちゃ、後のことは知らないよ。だって誰にも直ぐには止められないんだからね。
それにしても、こんなに多額の赤字国債という国の負債を、どうやって返すんだろう。返すには稼がなくちゃいけないでしょ?じゃいったい何をして稼ぐの?輪転機をぐるぐる回しても、最後には紙屑になっちゃうのがオチだしねぇ。どこかの党じゃ、インフレのイメージに転換させるって言ってたけど、今年10月の金融緩和を境に金融緩和に見切りをつけないなんて、よほどの輪転機ストーカーなんだね。きっといい思いをして未練タラタラなんだよ。そうかなあ、輪転機のボディラインは、あんまりいいとは思わないけどなあ。でも無価値の札束は、子どもの銀行ごっこにいいかもね。これでオレオレ詐欺も居なくなっちゃって、ご高齢の方も安心だよ。で、実は僕はTPPにはなんとなく賛成なの。農家の人たちの暮らしはを守るためにも。矛盾してるように思われるかな?みんなも知ってるでしょうけれど、お米にしたって野菜やお肉にしたって、日本産が他国より品質管理が徹底してるのね。他国の遺伝子組み換えや農薬を濫用した農作物を好む人は少ないと思うよ。でね、日本の総人口が膨らむこれから数十年をどう凌ぐか、じゃないかな。その後は減少傾向だから、今みたいに沢山の食べ物は必要無くなるし。現在だって我が国の自給自足率では、到底国民が食べてはいけないでしょ?そして自由貿易は安く買うこともできるけど、安く売りつけることも出来るのね。烏骨鶏いや違う、あ、烏骨鶏の卵は美味しいよでも違う、えーとー滑稽関係これも違う、なんだっけ?まあそういった関係でお互いがお客さんになるんだよ。いくらなんでもお客さんに喧嘩を売る商人宿は、まずいないでしょ?だって商品は、売れて商品残ればただの在庫、だから仲良し。中国とアメリカが思想から何から違うのに、どうにかこうにか緊張感を解しながらやってこれたのは、今のところどちらにとってもお客さんだからなんだよ。物はね、国が安定してないと先行きが不安で買おうとする意欲が萎えちゃうんだ。これからいざこざが勃発しようって時に、優雅にショッピングを楽しもうとするほど、人はまだそこまで落ちちゃいないのね。だから仲良しじゃないとダメなの。それにね、営業時間や定休日や値段が決まってない不安定なお店から買いたいとは、お客さんは思わないの。あ、電力会社が安定供給だって騒ぎ立ててるけど騙されちゃいけないよ。あれは料金値上の口実なんだ。電気の在庫なんて元々ないんだから。ひと冬保つ沢庵漬けみたいに作り置きができないんだよ。元々作り置きがないのに安定した供給なんてこと言うの、変でしょ?まやかしだよね。あーなんだか今日の僕、喋り過ぎだなあ。これってお喋りの安定供給だなあ。
と、僕が柄にもなく経済の話をしたのはね、この国の雇用状況に少し腹を立てているからなの。僕の知人のお子さんがね、某コンビニでバイトして、「田楽マスター」のバッジ欲しいほどだって言うほどおでんを作りまくってたんだけど、時々勤務時間後、即ち勤退を登録した後に、オーナーから1時間近くもネチネチお説教されたり、毎回店長から「あんたバカなんじゃないの‼」って罵倒され続けてね、30代のオーナーが15歳に業務上の嫌がらせをしたりするんだって。いい大人が未成年者に挑発的なストレスをぶつけるんだって。これっていくら就職難といっても、本来健全なイメージのコンビニでさえ労働者の足元を見るような態度じゃない?だから僕は「人のこころはお金じゃ買えないぞっ」と受け売りの言葉なんかでカッコつけてみたんだけどね。その子はバイトを辞めちゃって、そのオーナーは、みんなが欲しいものはお金だけだ、と鷹を括っていたんだよ。辞めて良かったよね。そりゃお金はあればあるだけいいけどね、あなたも年末ジャンボ宝くじ買ってどうせ末尾一桁の当選だとわかっていてもニヤニヤしたりするでしょ?増税になったら今より生活が圧迫されることが予想されるし。国にしても支出ばかりが増える一方で、社会保障に予算が回らなくて、やむなく増税なんだって。出生率が減少傾向だから納税者も減少するのね。ま、一人が毎月一億円納税する社会に持ち上げれば問題はないかな。あははは、まさかそれは。買い物は消費税増税が導入前に、だよね。その後の景気指数のことなんてさ、あはは、個人には知ったことか、だよね。
そこで僕は思うんだよ。今回の選挙のキーワードは「お金」だって。立候補者はあれがよくないこれがよくない、こうしようああしようと言ってるけど、そのどれにも費用がかかるんだ。改憲だって、もし国防軍となったらその維持費は自衛隊以上の予算を組まなくては国のとしての体裁が整わなくなると思うよ。まあ、それが狙いなのかな?東北の復興もちっとも進んでないのに、まだまだ仮設住宅で暮らして、離散家族がいっぱい居るのに隊だの軍だの喧しい。なのに「第一義的には子どもは家庭で育てる」って、よく言うよ。
だけどね、僕は思うんだよ。戦後の首都東京の焼け野原や広島長崎から、こんなふうに経済成長を成し遂げた国も珍しいんじゃないかなって。ダメージが大きかったから、元に戻そう、いやもっと豊かになろうってそりゃあもう急いで走って来たんだけど、これからみんな何処に向かいたいのかなあ、そして何処に向かおうとしてるのかなあって。政治家のみなさんは、有権者と有権者の子どもや孫が何を求めているのかホントにわかっているのかな?僕は今、あれはいらないこれはいらないと思うけど、でも何が欲しいのかと訊かれたら、よくわからないな。うちには洗濯機もあるし、冷蔵庫には食べ物がぎっしり、箪笥から服がはみ出しそうだし、椅子やテーブルだってあるんだよ。すごいでしょ?公約なんか読んでると、好い事ばかり書いてあるけど、何て言うんだろ、お金で解決することのその先が明るくないの。どんよりしちゃってる。だから僕はね、冬の快晴のピッカピカの空の下で、来年のことを考えたりするの。これまで齷齪働いてきたのに、ここにきて誰に投票していいか決まらないなんていう社会になるとは、予測さえしなかったよ。もうね、のんびり暮らしたいんだ。立候補者やメディアがこれでもかって不安を煽るでしょ?政府の発言や世の中の情報に一喜一憂するのは疲れちゃったの。この国は過去に内乱もあれば戦争もあったけど、この国が船のように海底に沈んでしまったり、或る日突然、北海道から沖縄まで消滅してしまうことは殆ど考えられないよね?何をそんなに焦っているんだろう。まあ勿論、内乱や戦争なんて無駄なことには反対だけど。
あ、記者さん、この取材を記事にする時は、僕の名前を仮名にして下さいね。もー聞き上手なんだから、うっかり勤務先に触れることまで話しちゃった。え?社会部長さんなの?どーりで変顔、あ、いえ。
じゃ、お話聞いてくれてありがとう、これで失礼します。僕これから「モテモテ恋愛コース」のセラピーを受けに行くの。やっぱこんな僕じゃ、一生結婚できないよなあ。なんたって今じゃ日本一の嫌われ者だからね。』と、嬉しそうに話した。


※このお話はフィクションであり、実在する個人、団体等とは一切関係ありません。







12/05/2012

【Dec/05/2012】玄関とサンタクロース

この年末、「年末」なんて言葉を使うような時期に突入してしまった。本来、クリスマスという行事に向かって賑賑しくなる季節なのだが、都知事選、衆院選が凌駕してしまった気配が無きにしも非ず。
昨年は大震災があり、とてもじゃないがクリスマスを迎える気持ちには至らなかった。今年は党や立候補者が暗躍に走り回っている間にも、サンタクロースの親たちは子供を想うことであろう。それにしても子供の楽しみが、選挙に掻き消されてしまいそうだ。勿論、子供の未来を左右する総選挙には注視しながらではあるが。そういえば、と一昨年から仕舞いっぱなしになっていたクリスマスリースがあることを思い出し、遅ればせがら玄関のドアに飾る。リースはゴールドに着色された蔓に、赤くて細いベルベットのリボンを全体に巻き付け、上部に木の実の束をあしらった極めてシンプルなデザイン。数年前の自作である。これでサンタクロースも迷うことがないであろうか。が、うちの娘は高校生で、もうサンタクロースは我が家へ来訪しない。嬉しいやら寂しいやら、じつに嬉しい。
日本の玄関は不思議な空間だ。玄関ひとつで外から完全にシャットアウトされる。「玄関先で失礼します」や「土足で踏みにじる」などの言葉にもあるが、玄関はその家々と外との境界線の役割をしっかり果たしている。そんなことは周知している、と非難されそうであるが、よくお考えいただきたい。世界では家の中に入る際、靴を脱いで上がる生活習慣がある民族のほうが少ないのである。私たちは「家の中に入る」のではなく、「家に上がる」のである。先程私はあえて「うちの娘」と言った。これが他国では「私の娘」という確率が高くなると思われる。「うちの子」「うちの母」「うちの学校」「うちの会社」、毎日頻繁に耳にする。「うち」があるのであるから、対比して「そと」が必ず存在する。
以前、著者が外国人の何かの本の中に、「日本は欧米化しているといわれるが、一歩建物の中へ入ると、そこにはどこを見ても日本がある、云々」と書かれていた。日本に何本ものビルが建とうと、日本人が近代的で洋風の生活を営もうと中は、「日本だらけで、日本で埋め尽くされている」と明言しているのだ。その理由についての明確な答えは書かれていなかったが、私は日本の建物の構造や間取りをすぐに思い浮かべてしまった。「玄関」という空間について。
NY滞在中は、最初の数カ月は靴をはいたままで室内にて過ごしてはみたものの、そのような習慣で育っていないせいであろう、やはり足が疲れる。室内が汚れやすくなる。そこで即「土足厳禁」とした。靴を履いて室内を過ごす習慣の友人が訪ねてきた時は、その旨を一応は話し、後は友人に任せた。凍りつく冬場、編上げのロングブーツを履いている友人に「どうしても靴を脱いで」と強要する訳にもいかない、と思った。あちらでは、よく家や部屋を訪ねたり訪ねられたりと、かなり気軽に家々を互いに訪問し合ったが、帰国後には、そう簡単に訪ねる訪ねられるといった行動が減少してしまった。これはひとえに玄関という特別の空間が、そとからの人を容易に家の中へは入れない、もしくは入れないということに起因しているのではないか、と考えた。招待した客人に対して手放しで歓待し、「ささ、どうぞどうぞお上がり下さい」と捲し立てるように言ったり、言われたり。そこまで言わなくても招待した(された)のだから、当然の如く「家に上げる(上がる)」のだが、アメリカでここまで仰々しくしてドアの向こう側へ入ることはなかった。どのような玄関にせよ、日本の「玄関」という空間はある意味で神聖な場所ではないのか。これはどちらが善い悪い、優る劣るではなく、そのような生活習慣が齎した結果として、私たちは「そと」から「うち」へ移動することにより、別の空間ないしは世界観を創り出すのではないか、と。もう随分と前のことだが、あるアメリカ人が、「私たちは季節の風景を愉しもうと思えばその風景があるところへ出向くが、日本では季節を部屋の中へ取り込もうとする」と話した。その時の私にすれば、「何を言う、旅行もするぞっ」と反論したい気持ちで、が、「季節を部屋の中へ取り込む」ことには何の疑問も湧かなかった。「そうだけど、それが何か?」。ところが、そのアメリカ人は、枝ものの花木をわざわざ活けては床の間に飾る習慣に、疑問を持っていたようだったのである。言われて然り。休日に郊外へ出向くとアメリカのお父さんたちは、めんどくさそうに庭で芝刈り機を動かしている。庭はどちらかというと家屋からの延長で、天井のないもう一部屋。バーベキューを楽しんだりバスケットボールのゴールが設置されていたり。塀や門もなく、公共の「そと」と私的な「うち」がグラデーションのように繋がっている。だから室内からは平坦な芝の目を眺めるしかない。日本庭園は広大な敷地があれば散策したりと別ではあるが、一般家庭では大概の場合、庭の景色を部屋の中へ引き込もうとする。そして枝ものの花木は、活けて楽し飾って美しである。
茶室では玄関に相当する「にじり口」という得体のしれない扉から室内に上がる。異空間への入口である。が、中には季節の掛軸や花を飾り、機密性ある空間のここでも「そと」を意識し「うち」へ引き込んでいる。
レストランではアメリカ人は、広々とした中央の席へ座りたがり、日本人は隅の席へ座りたがる。中央の席は開放感と主賓を表し、壁沿いの隅の席は「うち」と「そと」の境界を作る範囲が狭く、それに適し、また同時に「そと」の空間を効率のよい視野で取り入れ易い。
ところで、選挙は政治家にとって「玄関」である。各政党の「うち」で何が起きているか「そと」の有権者には知る由もないが、中央の席に座っても「そと」を取り入れるのであろうか。
娘が5歳の時だった。クリスマスの朝、プレゼントを前に一通り喜んだ後、ポツリと一言。「サンタさんはブーツを脱いでお部屋に上がったの?」。無論、親は部屋に上がる時は靴を脱ぐ。クリスマスが近い。選挙後の政治家のみなさんは、まさかこの国の子どもの将来を土足で踏みにじることはないであろうが、さて。

10/23/2012

【Oct/25/2012】新米とマルメロ


「新米」のシールが、どの米袋にもべったり貼り付けてある。新米の季節である。

母の里親であり、私にとっては祖父にあたる人は、出身が秋田だった。母は里親の従兄の長男と結婚し、私が生まれたので、祖父とはぐるっと遠回りで血縁者。ちょっと複雑。
祖父の実家は米作りの農家で、祖父の名前には、漢数字の「三」が使われての通りの三男坊。上に兄が二人、下に弟が一人妹が一人。本家と農業を継ぐのは長男で、旧制中学までは辛うじて行かせてもらえたが、「三男は好きにして良し」と、そこで学費の援助は打ち切られたという。
ほどなく祖父は上京し、後に大学の夜学に通いながら、昼間は測量事務所で働いた。何故か「地図」に魅了されたそうな。三男への仕送りは一切なし。こう話すといかにも苦労人に思うかも知れないが、本人は意外とさっぱりしていた。その年によって豊作不作の、農業の大変さが身に染みていたらしい。
祖父は、上京後から他界するまでの60年近くを、東京で過ごした。何年経っても秋田訛りが抜けなくて、「お寿司」が「おすす」に聞こえた。「獅舞い」は「すすまい」。正確には「し」と「す」の間の微妙な発音。お国訛りとは裏腹に、精微な筆跡の持ち主だった。なんの当てもなく上京し、電車で銀座から1時間もかからない場所に、お風呂付きの家を建てたことに多少なりとも自負があったようだったが、日常では清貧であることを好んだ。
肌寒い朝、木製の建て付けの悪くなったガタつく雨戸を開け、鼻腔の奥に澄んで冷たい空気やら金木犀の香りやらが入り混じる季節になると、毎年祖父母宅へ秋田の本家の親類より、荷札が付いた小包が届いた。電話かかってくるから、祖父母宅へ向かう。
箱を開けると、中身はいつも同じで、秋田の新米と地鶏とマルメロの缶詰。「もろこし」という、小豆粉と砂糖を固めた、長方形のモザイクタイル状のお菓子が入っていることもあった。祖父は下戸の甘党で付き合いが悪く、上司におべんちゃらを言うタイプでもなく、あまり出世できなかった。処世術に関心がなかったのである。
炊き上がった新米はツヤツヤで、粒がシャッキリと立っていて、塩むすびで十分満足し得る姿と香りであるけれど、直ぐに木枯らしでいい塩梅になるまでつく。湯気で祖母の眼鏡が薄っすらと曇る。あーっ!炊きたてのご飯に何するの?最初にその場に立ち会った時は、祖母が遂に血迷ったか、と思った。何のことはない秋田の郷土料理、「きりたんぽ鍋」の仕込みである。ついたご飯を専用の棒の周りに形作り、その表面を軽く焦げ色が付くまで網の上で炙る。
すき焼きであれば牛肉、寄せ鍋であれば魚介類。きりたんぽ鍋はお米が主役。お醤油仕立ての汁の中に、地鶏と茸と牛蒡など根菜や長葱、斜めに切ったきりたんぽを入れる。
その間の台所は女の園で男子禁制。包丁でまな板を叩く音や、女たちの笑い声。祖父は隣の茶の間でテレビを観たり、マルメロの缶詰を懐かしそうに眺めて過ごす。無駄なことは話さない口数の少ない人だった。尤も基本的に「男子たるもの台所に入るべからず」の人でもあった。「新潟のお米も美味しいけれど」と前置きを付けて「秋田のお米が一番です」。郷土愛溢れる祖父の言葉が、祖母と私の笑いを誘う。祖父は私に対して「です・ます調」で話した。
祖母の弟が、羽田から少し西へ行った所で町工場を営んでいて、弟夫婦を招待することもあった。
郷土料理を囲んでの賑やかな食卓。
デザートにマルメロと、もろこし。

先日、八百屋さんの目立たない場所に、「かりん」が置かれていた。知らないとは恐ろしや、「マルメロ」が「かりん」だと知ったのは、ほんの数年前のことである。だが「マルメロ」の響きの方が、私にはフィットする。マロン、マカロン、マカロニ、マロニエ、マルメロ、ほらね、いい感じ。
今日はこれから、秋田の「すんまい」を買いに行く。