8/28/2015

個体



土壁にうっすらと
縦に入ったひび割れを
銀のかんざしの先で
こじ開けた
続けて
両手の
人差し指と
中指と
薬指の
爪の先で
こじ開けた

柱ごと
動く壁
天井は
横に伸びる

光が差し込んでもよいほどの
外は秋
なのに
壁に空いた隙は
吸い込まれる暗黒
奥で蠢くのは
無数の偽物


傍らの本の内部で
家鴨が劈く声で鳴いた
家鴨が劈く声で鳴いた
ご飯が炊ける匂いがして
ふいに
8歳に戻っていた
母が私を探してる
私は母を探さない




































8/23/2015

「日本」



「日本」という文字には
二通りの響きがあって

「にほん」の響きには
登山用の杖を差し出したくなって
「ニッポン」の響きには
まあここらで一息ついてくださいなと
お茶を入れたくなる
どちらも「日本」には違いないし
どちらも「日本」ではないのかもしれない

猿真似に熱心な政治家は
他人事のように
明日の話をしたがるが
情けないことに
今夜の夕餉の献立でさえ
まだ
自身で決めかねている
割れた角皿と
折れた箸にしがみつきながら

























8/14/2015

喪失



彼は起点を失った
落雷に
引き裂かれることなく
津波に
押し流されることなく
起点はそこに
厳粛のうちに
不動だった

蝉が
盛んに慟哭を
風が
静かに悲哀を
木々が
たゆまぬ継承を
それでも
彼は
起点を失った
同時に
到達点をも失った

広い家に
彼の帰りを
待つ者はいない