土壁にうっすらと
縦に入ったひび割れを
銀のかんざしの先で
こじ開けた
続けて
両手の
人差し指と
中指と
薬指の
爪の先で
こじ開けた
柱ごと
動く壁
天井は
横に伸びる
光が差し込んでもよいほどの
外は秋
なのに
壁に空いた隙は
吸い込まれる暗黒
奥で蠢くのは
無数の偽物
傍らの本の内部で
家鴨が劈く声で鳴いた
家鴨が劈く声で鳴いた
ご飯が炊ける匂いがして
ふいに
8歳に戻っていた
母が私を探してる
私は母を探さない
「日本」という文字には
二通りの響きがあって
「にほん」の響きには
登山用の杖を差し出したくなって
「ニッポン」の響きには
まあここらで一息ついてくださいなと
お茶を入れたくなる
どちらも「日本」には違いないし
どちらも「日本」ではないのかもしれない
猿真似に熱心な政治家は
他人事のように
明日の話をしたがるが
情けないことに
今夜の夕餉の献立でさえ
まだ
自身で決めかねている
割れた角皿と
折れた箸にしがみつきながら
彼は起点を失った
落雷に
引き裂かれることなく
津波に
押し流されることなく
起点はそこに
厳粛のうちに
不動だった
蝉が
盛んに慟哭を
風が
静かに悲哀を
木々が
たゆまぬ継承を
それでも
彼は
起点を失った
同時に
到達点をも失った
広い家に
彼の帰りを
待つ者はいない